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ドラクロワの肖像画より銅版画
Paul Chenay (1818-1906 )
ルーヴル美術館
カルコグラフィー工房 |
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"ルネサンス最後の、そして近代絵画最初の巨匠"とボードレールが称したドラクロワは、19世紀ロマン主義を代表する画家として、続くフォーヴィスムや印象派に多大な影響を与えました。その強さ、精神性、色彩、永遠への強い憧れ。
「我々はすべて彼の中で描いている」崇拝を込めてそう言ったのはセザンヌ。ルノアールやマネが「感じ取る方法」の本質を学び、ピカソやマティスが激しいインスピレーションを受けあまたの模写やオマージユを残しました。近代絵画の「中心」ともいえる存在、それがドラクロワなのです。 |
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社会と絵画の「革命」時代の象徴として、いまもフランスの人々に共感され愛されているドラクロワ。代表作「民衆を導く自由の女神」は、'98年まで100フラン札として親しまれ、「日本におけるフランス年」('98年)には国宝級にチャーター機で運ばれ東京国立博物館での長蛇の列を記憶する方も多いでしょう。洗練されたパリジャン、ダンディな知識人。ショパンやデュマと親交し、音楽、文学、芝居にも造詣が深かったドラクロワは、薫り高い生き方のお手本でもあるのです。 |
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フュルスタンベール広場に
建つドラクロワ美術館 |
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古き良きパリの面影を残すサン・ジェルマン・デ・プレ界隈、フュルスタンベール広場に位置する当美術館は、サン・シュルピス聖堂の壁画を仕上げるために、ドラクロワが最期に移り住んだ(1857〜63年)アトリエと住居でした。「私の小さな庭の眺めとのどかなアトリエはいつも私に喜びをもたらしてくれる。(1857.
Journal)」晩年の創作環境に満足つつ、1863年彼はこの家で息を引き取りました。そのおよそ半世紀後に持ち上がったアトリエの解体を、ドラクロワを深く信奉するモーリス・ドニやポール・シニャックをはじめとする「ドラクロワ友の会」が食い止め、国立美術館としての設立(1971年)へとつながったのです。 |
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サン・ジェルマン・デ・プレ教会裏手の静かな小径に建つ建物の中に、見過ごしてしまうほどひっそりとドラクロワ美術館はあります。エントランスを入り階段を昇った二階が彼の住まいだったアパルトマン。サロン(居間)、当時彼を訪れたゲストが待合の場所にしていた図書室、永眠した寝室など、ドラクロワが過ごした同じ空気を感じることができます。アパルトマンから出て外階段をだどり庭に降りると、彼がひと夏をかけてつくらせたというアトリエにたどり着きます。アトリエは、作品にも登場する架台やテーブル、自ら購入したファサードの浮き彫りなど、彼の創作世界に包まれる空間。ドラクロワが好んだエッセンスや色彩にインスピレーションを得て植栽された中庭で、19世紀巨匠の感性に包まれながら静かにくつろぐのもおすすめです。 |
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「彼はフランスで最も美しきパレット」とはセザンヌの賛嘆の比喩ですが、ここではまさに現物のパレットを見ることができます。生涯を変える旅になったモロッコからの土産物の数々や、19世紀の芸術界を彷彿とさせる自筆の手紙や手帳、1845年の作品を中心に様々な主題にわたる絵画やデッサンを展示しています。彼の選んだ色、かたち、言葉などに触れて、近代絵画の巨匠たちのごとくインスパイアーされてみませんか。
ドラクロワの画架、筆、カラーパレット、絵画用テーブル |
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ルーヴル美術館から歩いて約20分、《国立ウジェーヌ・ドラクロワ美術館》は「芸術橋(ポン・デ・ザール)」を渡ったフュルスタンベール通りにあります。ルーヴル美術館同入場券で入場できます。
※サン・ジェルマン・デ・プレ教会から徒歩約5分 |
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<耳寄り情報>
パリで見られるドラクロワの作品や、パリを転々とした住まいがわかる地図がもらえます。ぜひドラクロワ巡りを楽しんでみては。 |
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