| パリを訪れたなら、一夜は劇場に出かけて大人の楽しみを味わいたい――。パリ・オペラ座やコメディ・フランセーズで催されるオペラや演劇の数々は、私たちを甘美な異空間へと誘ってくれます。プリマドンナのアリアに酔いしれ、俳優の演技に心を揺さぶられる夜。アール・ヴィヴァン(Art
vivant)“生きた芸術”と称される舞台は、音楽や文学、絵画、彫刻、映像、建築、デザインのすべてが盛り込まれている総合芸術ですが、そのなかでも視覚的な美しさで私たちの目を楽しませてくれるものが、衣装と舞台装置です。 |
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▲今夏オープンしたばかりの国立舞台衣装装置センター。
© Thierry Messonnier |
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モーツァルト(Wolfgang Amadeus
Mozart)やプッチーニ(Giacomo Puccini)のオペラに華やかな彩りを添え、マリア・カラス(Maria
Callas)の高潔なアリアにはそっと寄り添い、モリエール(Molière)の人間劇に深い臨場感を与えてきた“名脇役”の舞台衣装。フランスでは1990年頃から、舞台衣装の芸術性や技術、素材やデザインの保存研究の必要性が訴えられてきました。 |
そうした声に応え、この夏、フランスの中心部に広がる中央山岳地帯の入口に位置するムーラン市に、国立舞台衣装装置センター(CNCS)は誕生しました。これまで華やかなステージで“活躍”してきた舞台衣装の数々が、手の届く距離で鑑賞できるという、世界初の舞台モードの館です。
コメディ・フランセーズとパリ・オペラ座で使用されるほとんどの衣装は、それぞれの劇場衣装部で制作され、公演終了後、保存すべきもの、払い下げるもの、リサイクルするもの、処分するものに分けられます。衣装技術や芸術性の高さ、著名デザイナーの手によるもの、有名歌手やダンサーが着用したもの、演目の重要性、演出の卓越性などの観点から選ばれた限られた衣装にのみ、“第二の人生”が与えられるのです。これまでに、コメディ・フランセーズでは17世紀以来の衣装1万点を収蔵し、パリ・オペラ座では1994年以来、およそ10万点の衣装が上記の価値基準でふるいにかけられてきました。 |
| そしてこの2つの劇場の衣装に、国立図書館舞台芸術部が所蔵する衣装が加わり、今回、合計7,000点が洗濯と殺菌防虫処理を終えて、完成したばかりの国立舞台衣装装置センターに移されました。高度な空調管理システムが採用された収蔵庫に保管され、必要な修復作業と化粧直しを待つ選ばれた衣装たち。年2回の予定で開催される企画展を新しい舞台として、今度は“主役”となって観客の前に登場していくことになります。 |
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▲貴重な衣装の数々が並ぶ収蔵庫。
© Thierry Messonnier |
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モーツァルトのオペラ『魔笛』に登場するパパゲーノとパパゲーナたち。
パリ・オペラ座やエックス・アン・プロヴァンス音楽祭で上演された際の衣装。
©Yuko Ozawa |
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そして今回、美術館の“こけら落とし”に選ばれた展覧会テーマは「舞台の上の獣たち」。ロバート・ウィルソンの演出によって2005年にコメディ・フランセーズで初演され、たちまちフランス中の話題と人気をさらったばかりの宮廷バレエ、ラ・フォンテーヌ(Jean
de La Fontaine)『寓話』、あるいは、ラヴェル(Maurice Ravel)作曲『子供と魔法』、また、『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』、『長靴をはいた猫』といった20世紀のバレエ舞台に登場した数々の動物たちが時間を越えて再び集合し、舞台専門の展示デザイナーの演出によって息を吹き返し、長い眠りから目覚めました。 |
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▲ ロラン・プティ振付、バレエ『幻想交響楽』
1975年、ジャン・スカリキィ衣装
©CNCS - Patrick Lorette |
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▲ ベンノ・ベッソン演出、オペラ『魔笛』(モーツァルト作曲)
2000年パリ・オペラ座、ジャン=マルク・ステーレ衣装
©C.Leiber/ONP |
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▲ ベンノ・ベッソン演出、オペラ『魔笛』(モーツァルト作曲)
2000年パリ・オペラ座、ジャン=マルク・ステーレ衣装
©Jean-Marc Tessonnier - Ville de Moulins -
Service Communication |
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舞台衣装の装飾は、時代が進むにつれて本物の毛皮や羽は使われなくなり、イミテーション素材に代わっていきます。それでもなお、演技者の動きを妨げずに、作品自体の魅力を最大限に引き出すために施された技術的な工夫は、遠目をごまかすためのまやかしではなく、一針一針丹念に刺繍され、装飾された珠玉の“オートクチュール”であることが、今回の展示は伝えてくれます。まるで、今にも美しい調べにのって動き出すかのような精緻な衣装は、実際の舞台を見たことがない人々にも、もうひとつの“アール・ヴィヴァン”として楽しむことができるでしょう。
今後計画される展覧会には、同センターの運営顧問代表でもあるクリスチャン・ラクロワ(Christian
Lacroix)をはじめ、ジャン=ポール・ゴルティエ(Jean-Paul Gaultier)やイヴ・サンローラン(Yves
Saint-Laurent)、ココ・シャネル(Coco Chanel)やヴェルサーチ(Gianni
Versace)といったオートクチュールのデザイナーが手掛けた数々の作品や、ピカソ(Pablo
Picasso)やドラン(André Derain)、レオノール・フィニ(Leonor
Fini)ら、画家たちがデザインしたユーモアとファンタジー溢れる衣装の数々が登場することでしょう。来年の夏にはラクロワの舞台衣装、続いて、ゴルティエとフランス現代舞踊を代表する振付家レジーヌ・ショピノ(Régine
Chopinot)の20年にわたるコラボレーションが、ここムーランに再現されることがすでに決まっています。一度幕が下りてしまうと二度と目にすることができなかった先人たちの紡いだ衣装に、この美術館では再び出会うことができるのです。 |
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▲クリスチャン・ラクロワ。
© Studio Harcourt |
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国立舞台衣装装置センター設立準備段階から加わり、運営顧問代表として今後も深く同センターのプログラム作りなどに関わっていくクリスチャン・ラクロワは、舞台衣装デザイナーとしても高い名声を誇っています。オペラ『カルメン』や『ドン・ジョヴァンニ』、バレエ『堕ちた天使』や『シェエラザード』、そして先シーズンにコメディ・フランセーズで上演された『シラノ・ド・ベルジュラック』など、80年代から現在まで、手掛けた舞台作品は枚挙にいとまがありません。彼は、今回の任務を引き受けた理由として、舞台衣装に捧げる自分の情熱はもちろんのこと、衣装作品の保存と修復、技術の伝承や研究、そして一般公開という同センターの設立使命に強く共感したためと説明します。 |
| また、彼を決心させた2人の女性の辛抱強く、高い志による説得のお陰でこの意義あるプロジェクトに参加することができたと語ります。その2人の女性とは、元パリ・オペラ座文化部部長でフランス舞台史の生き字引との誉れ高い、国立図書館学芸員マルティーヌ・カーン(Martine
Kahane)と、パリ装飾美術館、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で経験を積んだ後、パリ・オペラ座の衣装保存展示責任者を務めたデルフィーヌ・ピナザ(Delphine
Pinasa)。 |
彼女たちは10年以上の長期にわたった計画の進行を忍耐強く待ちながら、この他に類を見ない機関に相応しい研究・保存・展示の場を作り出すため、尽力してきました。
同センターでは、背景幕、アクセサリー、靴、帽子、かつら等の小物、デッサン画、舞台装置画、布地見本、写真、記事、プログラムや映像といった資料を豊富に所蔵します。舞台芸術は、上演プログラムの内容や時代背景に忠実であるだけでなく、演出家を中心に、照明や舞台装置、衣装デザインを手掛ける専門家の共同作業による総合クリエイションの場となります。演技者の技術的な要望に応えるためには、お針子さんをはじめとした専門家の手仕事の妙技は欠かせず、そうした細部の力が舞台上で大きな感動を生み出す原動力にもなります。 |
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| 豊富な参照資料と教育研究の場が揃った国立舞台衣装装置センターの誕生は、これまで現場での伝授方法しかなかった熟練の技術を、専門家を目指す若い世代に向けて、より体系的に伝授普及させるという重要な使命も負っています。 |
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▲騎兵隊兵舎から生まれ変わったセンター外観。
© Thierry Messonnier |
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さて、この革新的な文化機関の場所に選ばれたムーラン市は、人口4万人に満たない小さな街ですが、その歴史は古く15世紀に遡ります。フランス全土で唯一ブルボン家の居城跡が残る地でもあり、15世紀ゴシック建築による大聖堂にはフランスルネサンス期の絵画が残されています。17世紀に同市で生まれた元帥の名にちなみ“カルチェ・ヴィラール”と呼ばれる地区に建つ国立舞台衣装装置センターの建築には、18世紀中葉に建設された4ヘクタールにおよぶ騎兵隊兵舎が利用されました。 |
広大な敷地の中には10棟の既存建物があり、そのうちの4棟をまずは改造して美術館施設に整えました。メインとなる美術館棟は、80年代にフランス歴史建造遺産に指定された3階建て建造物で、各フロアは1,450m2の広さがあります。1階には、修復室、美術館玄関、カフェ、オーディトリアム、2階はすべて展示室、3階には事務室とメディアテーク、研修室が設置されました。1階の修復室、2階の展示室、3階の事務室からそれぞれ直接アクセスできるように新築された収蔵庫には、10万点の衣装の保管が可能です。
これまでは隠れ家しか与えられていなかった舞台衣装に堂々たる新居が完成した日、ドヌデュー・ド・ヴァーブル(Renaud
Donnedieu de Vabres)文化大臣は、落成式に集まった人々に次なる目標を提唱しました。「そして今度は、魅力的な本物の舞台公演がこのムーランの国立舞台衣装装置センターで実現するかもしれない、いや、僕はそうするべきだと思う!」。7対3の割合で国が大半の資金負担をしている同センター建設と今後の運営体制は、国の文化機能地方分散化のモデルとなっており、オーベルニュ地方の各都市(ムーラン、クレモン=フェラン、モンリュソン、リオム、ヴィシー)と、パリ・オペラ座やコメディ・フランセーズとの連携を生み出し、文化相の言葉を実現する可能性を十分に秘めているのです。
パリの夜、舞台でモーツァルトの魔力に魅せられた後、ムーランでその美しい秘密を覗き見てはいかがでしょう。舞台の精たちの甘美なつぶやきが、ドレスの胸元や裾の間から漏れ聞こえてくるかもしれません。 |
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| 小沢優子(Yuko OZAWA/取材・文) |
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| ▲オープニング展「舞台上の獣たち」のポスター。 |
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所在地 |
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Quartier
Villars, Route de Montilly
03000 Moulins |
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Tel |
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| 04
70 20 76 20 |
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Fax |
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| 04
70 34 23 04 |
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開館時間 |
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| 10:00-18:00 |
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休館日 |
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月曜、1月1日、5月1日、12月25日。
ただし5月2日〜9月30日は月曜も開館 |
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入館料 |
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一般:5ユーロ
割引:2.5ユーロ(12歳-25歳、10人以上の団体、障害者など)
12歳以下は無料。 |
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URL |
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アクセス |
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| パリのリヨン(Gare
de Lyon)駅から特急電車で2時間半程でムーラン(Moulins sur
Allier)駅下車。 |
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展覧会情報 |
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『舞台の上の獣たち』
会期:2006.7.2-2006.11.15 |
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