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▲ジョルジュ・ラビ。
©Musée Georges-Labit |
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ジョルジュ・ラビ美術館は、大旅行家ジョルジュ・ラビ(1862-1899)の業績により創設されました。ラビのおかげで、今日トゥールーズ市は、フランスで最も古いアジア美術の美術館を持つことができました。ジョルジュ・ラビは、トゥールーズ初のデパート創設者であるアントワーヌ・ラビの息子として生まれ、子供時代を南仏トゥールーズ周辺で過ごします。1879年、パリでビジネスの勉強を始めますが、やがてイタリアからノルウェー、そして当時ほとんど行く人がいなかったラップランドまで足を伸ばした初のヨーロッパ旅行の後、事業を興します。さらに北アフリカを横断する旅をきっかけに、美術品の収集を開始しました。 |
| そして、1889年、マルセイユから船でスエズ運河を通り、アジアまで行った旅が、ラビにとって決定的な経験となりました。とくに中国と日本に強い印象を受けたようで、1890年、「日本にて。旅の想い出」という記事を書き、日本滞在について語っています。 |
民俗学、美術史、宗教史に熱中したラビは、美術品から土地の生活を物語る質素な品々まで、区別することなく先入観なしに選びました。トゥールーズに戻ると、美術館を創る計画が具体化します。トゥールーズの建築家ジュール・カルベラ(1857-1935)とともに、当時流行した異国風邸宅のスタイルで、北アフリカから着想を得た建物のプランを練り上げ、非常に独創的な美術館を完成させることになります。中国や日本の品の重要なコレクションに加え、人形を用いて、さまざまな場面を民俗学的に復元し、地中海盆地の物品や服も展示しています。
しかし1899年、ジョルジュ・ラビは突然亡くなります。子供がいなかったので、美術館は父親が管理することになり、1912年、父親によってトゥールーズ市に遺贈されました。戦後、学芸員アルベール・サレ(1877-1948)監督のもと、アジア美術を紹介する美術館として路線が決定されました。 |
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▲異国情緒漂うジョルジュ・ラビ美術館と庭園。
©Musée Georges-Labit, photo Molinier |
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