MMF:展覧会では「近代絵画の誕生」が謳われていますが、「近代絵画」をどう定義なさいますか?
VP:「近代絵画」という用語は非常に難しいですね。美術史では19世紀から1940-1950年頃までの絵画を「近代絵画」と言ったりしますが、この展覧会ではそういう教科書的な意味で使っているわけではないのです。
そうではなくて、ボードレールが言うように、「現代生活の画家」であれば、その画家は近代的な画家であるというような考え方です。第一に、近代的な世界、都市や産業、日常生活に生きる人、あるいは単純な風景画やありのままの自然の姿などを描くということです。つまり、歴史や古代、文学から取った主題ではなく、同時代の主題を選ぶということです。第二に、文学や歴史などから取った古代の主題選んだとしても、それを近代的なやり方で描くこと、つまり、新しい形態を創造したり、新しい図像に挑戦したり、新しい構図を試みたりすることで、独創的でおもしろいものになるという考え方です。そして最後に、ピカソ、マティス、カンディンスキーなどの20世紀の画家たちが、この時代の画家を参照したということです。ピカソはアングルが大好きでしたし、カンディンスキーはコローやドラクロワの作品を、マティスはどの画家の作品もよく見ていました。これら20世紀の画家たちは、19世紀の画家たちのまさに近代的な側面、近代的な主題やものの見方などを取り入れたのです。
またこの時代には、芸術家は唯一無二の創造者であるという考えが発達し、(共同作業を行う)工房がなくなりました。ものの見方はその芸術家独自のものであって、共同制作者に伝えることはできないという考えからです。また、後にゴッホやモディリアーニについて言われるような「呪われた芸術家」にあたる概念もこの時代、1820年から1830年頃に生まれたのです。
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「呪われた芸術家」という表現
「不遇な芸術家」を指すこの言葉、現在ではほぼ慣用表現となっていますが、その背景には「芸術家とは世に認められず不遇なもの」という神話があります。
そもそも「不遇な芸術家」が成り立つには、芸術家=唯一無二の孤独な創造者、という概念が成立していなければならないのですが、ポマレード氏は、後の「不遇な芸術家」につながるようなこうした「近代的な芸術家像」が生まれたのを1820-1830年頃としています。それ以前の「芸術家」は、宮廷画家であったりアトリエを構えて弟子を抱えて共同作業をしていたので、現代考えるような孤独な創造者のイメージとは合致しません。「芸術家とは世に認められないもの」ではなく、むしろひとつの職業として成立していました。 私たちが現代「芸術家」について持つイメージは、比較的新しいもの(1820-1830年頃)というわけです。
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