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ジョルジュ・ラビ美術館 林忠正 チェルヌスキ美術館 フランスで出会う日本の美
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  02.林忠正 〜日本におけるフランス美術コレクションの父〜宮崎克己(美術史家)
  日仏修好通商条約が締結された1858年、日本とフランスの交流は始まりました。
今年はそれから数えて150年目を迎える節目の年。
日仏関係に新たな活力をもたらす好機として、
両国でさまざまな記念イベントが計画されています。
MMFでは、日本とフランスの芸術交流をテーマに、美術コレクターをはじめ、
その架け橋として尽力した人々、そして彼らの情熱を宿した美術館を取り上げ、
連載記事としてお送りいたします。
連載第2回目は、日本に初めてフランス美術を紹介した林忠正を積極的に取り上げ、
美術史家の宮崎克己氏にその業績をご紹介いただきます。
日本初の西洋美術 コレクターの誕生 運命を変えた パリの万国博覧会 画家との交流を深める フランスでの日々 拡大するコレクションと 美術館創設の夢 散逸した 林コレクションと 後継者たち
日本初の西洋美術コレクターの誕生  
▲林忠正
 画商・林忠正(1853〜1906)は、日本にフランス美術を紹介した先駆者です。彼は日本人として初めて、印象派などフランス美術の大コレクションをつくり、その一部を日本で展示しました。それは明治中期以降のことで、この時期に活躍した人をもう一人挙げるとなると、画家の黒田清輝が思い浮かびます。パリに留学した黒田は、自分の絵を通して当時のフランス画壇の傾向を日本に伝え、また美術学校や展覧会の制度を移植しました。しかしその黒田も実は、当初法律の勉強のためにパリに行っていたところを、すでに数年前から現地で活動していた林らに勧められて画家に転向していたのです。林以前に、フランス美術を積極的に日本に紹介した人はいませんでした。
 このように言うと、幕末に日本に来たワーグマンや、明治初期に工部美術学校のために招かれたフォンタネージはどうだったのか、と思いあたります。しかしワーグマンはイギリス人の挿絵画家でしたし、フォンタネージはイタリア人でした。明治初期の日本は、政治・経済的にはイギリスに密接でしたし、美術についてはイタリアと関係が深かったのです。
 
美術教育のために日本に招かれたのも、画家が日本から留学したのも、また日本に入ってきた絵も、イタリアが中心で、フランスの美術は当時の日本で意外に影が薄かったと言えます。もっともイタリア美術を含めても、日本にコレクションと呼べるようなものが、林以前にあったわけではありません。林は、日本で最初の西洋美術コレクターだったのです。  
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