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▲水の使い方が美しいル・ノートル設計の庭。
© Martine Savart |
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パリから電車で北へ30分程。美しい森の中にその城は佇んでいます。そのルネサンス様式の姿とは裏腹に、シャンティイ城の今の形が出来上がったのは19世紀後半のことです。複雑に入り組みながらも均整と調和のとれた建築。シャンティイ城はまた、フランスでも指折りのコレクションを誇るコンデ美術館として、毎年世界中から訪れる人々を、優雅に、そして堂々と迎え入れています。
そのすべては、シャンティイの最後の城主となった、アンリ・ドルレアン(Henri D'Orléans)こと、オーマル公爵(Duc d'Aumale)の祖先と祖国を思う気持ちが成し遂げた偉業の成果と言っても過言ではないでしょう。 |
オーマル公は、1822年に、フランス最後の王となるルイ=フィリップ(Louis-Philippe)の5番目の息子として生まれます。大伯父にあたるブルボン公(Duc de Bourbon)の突然の悲劇的な死により、公は僅か8歳でシャンティイ城を相続します。
長い歴史を持つこの城の礎(いしずえ)を築いたのは、14世紀のフランスの大法官、ピエール・ドルジュモン(Pierre d'Orgements)です。16世紀にはアンヌ・ド・モンモランシー大元帥(connétable Anne de Montmorency)の手に渡り、モンモランシー大元帥のもうひとつの城、エクアン城の改装を担当した建築家、ジャン・ビュラン(Jean Bullant)の手で増築が行われます 。その後、モンモランシー家との婚姻により親戚となったブルボン=コンデ(Bourbon-Condé)家が、19世紀までシャンティイの城を守り続けます。
長い歳月をかけてその形が出来上がった城も、フランス革命の打撃を逃れることはできませんでした。城の大部分は破壊され、内部にあったコレクションや調度品は売りに出されるか、政府に接収されてしまいます。1815年にナポレオンの帝政が倒れ、王政復古の時代になって、城はブルボン=コンデ家の所有に戻ります。しかし、度重なる政権交代のため、改修工事が本格的に着工するのは、オーマル公が20年以上にも及ぶイギリスでの亡命生活の後、フランスに帰国するのを待たなければなりませんでした。 |
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▲ギャラリーで来館者を迎え入れるオーマル公の胸像。
© Lina Nakazawa |
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▲エクアン城に由来するステンドグラス。最初の城主オルジュモン家(左)とサンリス(Senlis)の紋章
© Lina Nakazawa |
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文:中澤理奈(Lina Nakazawa)
写真:美術館提供、中澤理奈、RMN |
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所在地
Château de Chantilly - Musée Condé
BP 70243 |
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Tel
+33(0)3 44 27 31 80 |
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URL
http://www.chateaudechantilly.
com/ |
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開館時間
<5月22日-11月4日>
10:00-18:00
<11月5日-3月21日>
10:30-17:00 |
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休館日
火曜日 |
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入館料
一般:10ユーロ
割引料金:7.5ユーロ
17歳以下:無料 |
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アクセス
パリ北駅(Nord)からコンピエーニュ方面の列車に乗り(SNCFで27分、RERで45分)シャンティイ・グーヴュー駅(Chantilly Gouvieux)下車、タクシーで約10分。
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